歯を失うだけじゃない|重度歯周病が全身に及ぼす影響
- 2025年9月30日
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目次
「歯周病を放置して大丈夫?」という不安に寄り添う
痛みが少ないから放置してしまう心理
「歯ぐきから時々出血するけれど、強い痛みはない」「歯が少し浮いた感じがするけど、まだ噛めるから大丈夫だろう」。このように感じ、歯科医院から足が遠のいてしまう方は少なくありません。虫歯のように神経を刺激する鋭い痛みと異なり、歯周病は初期から中期にかけてはっきりとした痛みを伴わないことがほとんどです。そのため「サイレント・ディジーズ(静かなる病気)」とも呼ばれ、静かに進行していきます。この「痛みがない」という事実が、かえって発見を遅らせる要因となり、ご自身が気づいた時には、歯を支える顎の骨が大きく失われた「重度歯周病」にまで進行しているケースが後を絶ちません。痛みという分かりやすい警告がないため、つい深刻に捉えられず、結果的に放置してしまう。これは、重度歯周病がもたらす大きなリスクの一つと言えるでしょう。
「忙しいから後回し」になりやすい現実
日々の仕事や家事、育児に追われる中で、緊急性の高い痛みでもない限り、ご自身の歯科受診を後回しにしてしまうのは無理もないことかもしれません。「今は症状が落ち着いているから」「次の休みには行こう」と考えているうちに、数ヶ月、場合によっては数年が経過してしまうこともあります。しかし、ここでご理解いただきたいのは、歯周病は風邪のように自然に治ることは決してない、ということです。あなたが受診を先延ばしにしている間にも、歯周病菌は活動を止めず、歯と歯ぐきの間の溝(歯周ポケット)の奥深くで、歯を支える大切な骨を少しずつ溶かし続けています。一時的に症状が落ち着いたように感じられても、それは病気が治ったわけではなく、水面下で静かに進行しているに過ぎません。その「後回し」が、将来的に治療期間の長期化や、治療の複雑化、さらには抜歯という選択を迫られるリスクを高めている可能性があるのです。
放置がもたらす見えないリスクへの気づき
歯周病の放置がもたらすリスクは、お口の中だけに留まりません。近年の研究により、歯周病が様々な全身疾患と深く関連していることが明らかになってきました。歯周病によって炎症を起こした歯ぐきの血管からは、歯周病菌そのものや、菌が作り出す毒素、そして炎症物質が血液中に入り込み、全身を巡ります。この「見えないリスク」が、糖尿病の悪化、動脈硬化を介した心筋梗塞や脳梗塞、高齢者では誤嚥性肺炎、妊娠中の方であれば早産や低体重児出産といった、全身の健康を脅かす深刻な事態を引き起こす一因となるのです。つまり、歯周病を放置することは、単に歯を失うリスクを高めるだけでなく、ご自身の生命や健康全体に関わる問題であると認識することが重要です。お口の健康を守ることは、全身の健康を守るための第一歩に他なりません。
歯周病の基礎知識|病気の正体を正しく理解する
歯周病とは何か?進行のステップ
歯周病は、お口の中の細菌が引き起こす「感染症」であり、歯を支える組織が徐々に破壊されていく病気です。歯を支える組織とは、歯ぐき(歯肉)だけでなく、歯と顎の骨をつなぐ歯根膜、歯の根を覆うセメント質、そして歯が植わっている顎の骨(歯槽骨)を指します。この病気は、いきなり重症化するわけではありません。まず、歯ぐきのみに炎症が起こる「歯肉炎」から始まります。この段階では、適切なセルフケアと歯科医院でのクリーニングで健康な状態に戻せる可能性があります。しかし、これを放置すると炎症が歯槽骨にまで及び、「歯周炎」へと進行します。歯周炎は進行度によって軽度・中等度・重度と分類され、重度歯周病になると歯槽骨が大きく失われ、最終的には歯が抜け落ちてしまうリスクが非常に高くなります。病気の進行ステップを正しく理解することが、ご自身の状態を客観的に把握するための第一歩となります。
初期から重度へ進行するメカニズム
歯周病の直接的な原因は、歯の表面に付着する細菌の塊「歯垢(プラーク)」です。歯磨きで除去しきれなかった歯垢は、唾液中のミネラルと結びついて硬い「歯石」に変化します。歯石の表面はザラザラしているため、さらに歯垢が付着しやすくなる悪循環を生み出します。歯と歯ぐきの境目に溜まったこれらの細菌に対し、私たちの身体は防御反応として炎症を起こします。この炎症が、歯ぐきの腫れや出血の原因です。問題なのは、この状態が長く続く「慢性炎症」です。身体は細菌を排除しようとするあまり、自らの組織、つまり歯を支えている歯槽骨まで溶かしてしまうのです。これにより歯と歯ぐきの間の溝(歯周ポケット)が深くなり、酸素の少ない環境を好む、より悪性度の高い歯周病菌が繁殖しやすくなります。この負のスパイラルが、初期の歯周炎を、気づかないうちに重度歯周病へと進行させるメカニズムです。
自覚症状が出にくい病気の特徴
歯周病が「サイレント・ディジーズ(静かなる病気)」と呼ばれる最大の理由は、初期から中期にかけて、痛みなどの自覚症状がほとんど現れない点にあります。例えば、歯磨きの時に少し血がにじむ、歯ぐきが少し赤みを帯びている、といった軽微なサインはあっても、日常生活に支障をきたすほどの痛みではないため、見過ごされがちです。「歯がグラグラする」「歯ぐきから膿が出る」「硬いものが噛めない」といった、ご自身ではっきりと異常を感じる症状が現れた時には、すでに歯を支える骨がかなり失われた重度歯周病に進行していることが少なくありません。虫歯のように神経を刺激して鋭い痛みを発する病気とは異なり、骨が静かに溶けていく過程では警告となるような痛みが出にくいのです。この特徴が、発見の遅れにつながり、知らないうちに全身疾患のリスクを高めてしまう要因ともなっています。症状がないからと安心せず、定期的な検診で専門家のチェックを受けることが極めて重要です。
歯周病と全身疾患の関係性|専門医が注目する理由
歯周病と糖尿病の双方向の関係
歯周病と糖尿病は、互いに悪影響を及ぼし合う「双方向の関係」にあることが、多くの研究で明らかになっています。まず、重度歯周病を患っていると、歯ぐきの炎症によって生み出される炎症性物質が血流に乗って全身に広がります。この物質は、血糖値を下げるホルモンであるインスリンの働きを阻害し(インスリン抵抗性)、血糖コントロールを困難にするため、糖尿病を悪化させるリスクとなります。一方で、糖尿病を患っている方は、高血糖の影響で身体の免疫機能が低下し、傷の治りが遅くなる傾向があります。そのため、歯周病菌に感染しやすく、一度発症すると進行が速まり、重症化しやすいことが知られています。つまり、歯周病の治療を行うことが糖尿病の改善につながり、また、糖尿病のコントロールを良好に保つことが歯周病の治療効果を高めるという、密接な関係にあるのです。
心臓病・脳梗塞リスクとの関連
歯周病が、命に関わることもある心臓病(心筋梗塞など)や脳梗塞といった血管系の全身疾患のリスクを高める可能性があることも指摘されています。そのメカニズムの一つとして考えられているのが「動脈硬化」です。歯周病によって炎症を起こした歯ぐきから、歯周病菌やその毒素が血管内に侵入します。これらの刺激が、血管の内壁に炎症を引き起こしたり、血液中の悪玉コレステロールなどを取り込んで粥状の隆起(プラーク)を形成したりする、動脈硬化の引き金になると考えられているのです。このプラークが何らかの拍子に破れると、血の塊(血栓)ができます。この血栓が心臓の血管を詰まらせれば心筋梗塞を、脳の血管を詰まらせれば脳梗塞を引き起こします。歯周病の管理は、お口の健康問題にとどまらず、こうした深刻な循環器疾患のリスクを低減させるためにも非常に重要です。
妊娠・高齢期に特に注意すべき影響
歯周病は、特定のライフステージにおいて特に注意が必要な全身疾患のリスクをもたらします。妊娠中の女性は、女性ホルモンの影響で歯ぐきが炎症を起こしやすい状態にあります。妊娠期の歯周病を放置すると、炎症性物質が血流を介して子宮の収縮を促し、「早産」や「低体重児出産」のリスクが高まることが報告されています。お母さん自身と、生まれてくる赤ちゃんのためにも、妊娠中の口腔ケアは極めて重要です。また、高齢期においては「誤嚥性肺炎」に注意が必要です。加齢や病気によって飲み込む機能が低下すると、歯周病菌を含んだ唾液や食べ物のカスが誤って気管や肺に入ってしまうことがあります。これが原因で起こる肺炎は、時に命に関わる深刻な状態につながります。日頃からお口の中を清潔に保ち、歯周病をコントロールしておくことが、このリスクを減らすために不可欠です。
重度歯周病でも治療可能?希望を持てる選択肢
保存療法で歯を守れるケース
「重度歯周病」という診断を受けても、すぐに歯を抜かなければならないと決まったわけではありません。歯を残せる可能性がある限り、まず行われるのが「歯周基本治療」と呼ばれる保存療法です。これは、歯周病の根本原因である歯垢(プラーク)や歯石を徹底的に除去し、これ以上病気が進行しないように炎症をコントロールすることを目的とします。歯科医師や歯科衛生士が専門的な器具を用いて、歯の表面だけでなく、歯周ポケットの奥深く、歯根の表面にこびりついた歯石まで丁寧に取り除きます(スケーリング・ルートプレーニング)。骨の破壊が大きくても、歯を支える力がまだ残っており、この基本治療によって歯ぐきの状態が改善し、安定が見込める場合には、歯を抜かずに保存できる可能性があります。ご自身の丁寧なセルフケアと、専門家による徹底した原因除去が、歯を守るための最も重要な第一歩となります。
外科処置が必要になる場合
歯周基本治療だけでは改善が難しい、非常に深い歯周ポケットが残ってしまった場合には、外科的なアプローチが検討されます。代表的な治療が「歯周外科手術(フラップ手術)」です。これは、麻酔下で歯ぐきを一時的に開き、歯根の表面を直接目で確認しながら、取り残された歯石や感染した組織を徹底的に除去する処置です。これにより、非外科的な方法では器具が届かなかった深い部分まで清掃することが可能になり、歯周病の再発リスクを低減させることができます。さらに、条件が整えば「歯周組織再生療法」という選択肢もあります。これは、歯を支える骨が失われた部分に、特殊な膜や薬剤を使って骨の再生を助ける、より進んだ治療法です。外科処置は、あくまで歯の寿命を延ばし、長期的に安定した状態を維持するために行う、前向きな治療選択肢の一つです。
抜歯後の選択肢と生活の質の回復
残念ながら、歯周病の進行が著しく、歯を支える骨がほとんど残っていない場合には、抜歯が最善の選択となることがあります。感染源となっている歯を取り除くことは、周囲の歯や骨への悪影響を食い止め、さらには歯周病菌が全身へ広がるリスクを断ち切るためにも重要な処置です。そして、歯を失ったとしても、現在の歯科医療には機能と見た目を回復させるための優れた選択肢があります。失った部分に人工の歯根を埋め込み、ご自身の歯のようにしっかりと噛める「インプラント」、両隣の歯を支えにして橋をかける「ブリッジ」、取り外しが可能で手入れがしやすい「入れ歯」など、患者様のご希望やお口の状態に合わせて最適な方法を検討します。歯を失うことは辛い経験ですが、それは同時に、痛みや不快感から解放され、しっかりと噛んで食事を楽しみ、自信を持って話したり笑ったりできる「生活の質(QOL)」を取り戻すための新たなスタートでもあります。
歯科治療を始めるための具体的な準備
信頼できる歯科医院を選ぶ基準
重度歯周病の治療は、時に長い期間を要するため、信頼関係を築ける歯科医院を選ぶことが非常に重要です。まず第一に、現在の状態、治療法の選択肢、それぞれのメリット・デメリット、そして将来的なリスクについて、患者が納得できるまで丁寧に説明してくれる医院を選びましょう。次に、精密な検査に基づいて、なぜ歯周病になったのかという根本原因を追求し、治療後のメンテナンスの重要性まで含めた長期的な視点で計画を立ててくれるかどうかも大切な基準です。また、歯科医師だけでなく、専門的なトレーニングを受けた歯科衛生士が在籍し、チームとして治療やケアにあたる体制が整っているかも確認したいポイントです。ウェブサイトなどで「日本歯周病学会 認定医・専門医」といった資格情報を確認するのも、専門性の高い治療を求める上での一つの目安となります。
初診時に確認しておきたい検査内容
安心して歯周病治療を進めるためには、ご自身のお口の状態を正確に把握することが不可欠です。初診時には、どのような検査が行われるのかを事前に理解しておくと、不安の軽減につながります。基本的な検査には、まず「歯周ポケット検査」があります。これは、目盛りのついた細い器具で歯と歯ぐきの間の溝の深さを測定し、病気の進行度を調べるものです。同時に、検査時の出血の有無(BOP)も炎症状態を知る重要な指標となります。また、目では見えない歯を支える骨の状態を確認するために「レントゲン検査」は必須です。これにより、骨がどの程度失われているかを把握し、重度歯周病の診断を確定します。さらに、ピンセットのような器具で歯を動かし、ぐらつきの度合いを調べる「歯の動揺度検査」も行われます。これらの検査結果を基に、総合的な治療計画が立てられます。
自宅で始められるセルフケア習慣
専門的な治療を受ける前であっても、ご自宅でのセルフケアを見直すことは、治療効果を高める上で非常に有意義です。まずは、毎日の歯磨きの方法を再確認してみましょう。力を入れてゴシゴシ磨くのではなく、毛先の柔らかい歯ブラシを使い、歯と歯ぐきの境目に45度の角度で当てて、優しく小刻みに動かすのが基本です。出血を恐れて磨くのをやめてしまうと、原因である歯垢がさらに溜まり、炎症が悪化するリスクがあります。また、歯ブラシだけでは歯と歯の間の汚れは6割程度しか落とせないと言われています。歯周病が進行しやすい歯間部の清掃には、デンタルフロスや歯間ブラシの併用が不可欠です。歯科医院を受診する前に、まずはこうした基本的なケアを丁寧に行う習慣をつけることが、治療への第一歩となります。
よくある疑問を解消|患者さんからのFAQ
「痛みはありますか?」への回答
歯科治療に対して、痛みを心配されるお気持ちはよく分かります。歯周病の検査では、歯周ポケットの深さを測る際にチクッとしたり、炎症の強い部分では多少しみたりすることがありますが、強い痛みではありません。歯石を除去する処置(スケーリング・ルートプレーニング)では、特に歯ぐきの深い部分を清掃する場合、事前に局所麻酔を使用しますので、処置中に痛みを感じることはほとんどありません。また、外科的な処置が必要な場合も、同様にしっかりと麻酔を効かせてから行います。治療後、麻酔が切れた後に多少の痛みや違和感が出ることがありますが、その際は鎮痛剤を処方しますのでご安心ください。私たちは、患者様ができる限り快適に治療を受けられるよう、痛みの管理に最大限配慮しています。
「治療期間はどのくらい?」の目安
歯周病治療に必要な期間は、病気の進行度や治療への反応、患者様一人ひとりのお口の状態によって大きく異なります。一概に「何か月で終わります」と断言することは難しいのが実情です。一般的に、治療はいくつかの段階に分かれます。まず、検査と歯周基本治療(歯石除去やブラッシング指導など)に数週間から数か月を要します。その後、歯ぐきの状態がどれだけ改善したかを評価する期間を設けます。重度歯周病で外科処置が必要な場合は、さらに数か月の治療・治癒期間が必要です。また、失った歯を補う治療に進む場合は、全体の期間はさらに長くなります。治療のゴールは、単に炎症を抑えるだけでなく、長期的に安定した状態を維持することです。そのためには、計画的で着実な治療が不可欠であることをご理解いただければと思います。
「費用は高額になる?」の考え方
治療費用に関するご心配もあるかと思います。日本の公的医療保険制度では、歯周病は病気として認められているため、基本的な治療(検査、歯石除去、歯周外科手術など)は保険適用の範囲内で行うことができます。したがって、基本的な治療であれば、極端に高額になることは少ないでしょう。ただし、歯周病によって失われた骨を再生させるための特殊な材料を用いた再生療法や、抜歯後にインプラントや審美性の高い被せ物で補うといった、より高度で先進的な治療を選択される場合は、保険適用外(自費診療)となります。重要なのは、治療を先延ばしにしないことです。軽度のうちに治療を始めれば、費用も期間も抑えられますが、重度歯周病へと進行させてしまうと、治療が複雑化し、結果的に費用負担が増えるリスクが高まります。
歯周病治療の先に見える未来
治療によって期待できる生活の変化
歯周病治療を乗り越えた先には、想像以上に快適で安心できる日常が待っています。まず、多くの方が悩まれていた歯ぐきからの出血や腫れ、そして口臭が改善され、お口の中がスッキリと爽やかになります。これにより、他者と近距離で話すことへの抵抗感がなくなり、自信を持って笑顔を見せられるようになるでしょう。また、ぐらついていた歯が安定し、これまで避けていた硬いものや繊維質なものも、再び美味しく食べられるようになります。食事は日々の大きな喜びであり、栄養摂取の基本です。しっかりと自分の歯で噛めることは、食生活の質を向上させ、全身の健康維持にもつながります。治療によってもたらされるのは、単に歯が保存されるという事実だけでなく、こうした日々の生活における喜びや自信といった、かけがえのない価値の回復なのです。
健康寿命を延ばすためにできること
歯周病の治療と管理は、ご自身の「健康寿命」を延ばすための、極めて重要かつ具体的なアクションです。健康寿命とは、介護などに頼らず自立して健康に生活できる期間を指します。これまで述べてきたように、歯周病は糖尿病や心疾患、脳梗塞といった様々な全身疾患の発症リスクを高めることがわかっています。つまり、お口の中の炎症を専門的な治療によってコントロールすることは、これらの深刻な病気を予防し、将来的な健康リスクを低減させることに直結するのです。適切な歯周病治療を受け、その後のメンテナンスを継続することは、バランスの取れた食事や適度な運動と同じように、未来の自分への大切な健康投資と言えます。お口の健康を守ることが、生涯にわたって活動的で豊かな人生を送るための礎となります。
歯科医師と二人三脚で歩む安心感
重度歯周病の治療は、一度で完全に終わるものではなく、長期的な管理を必要とする慢性疾患としての側面を持ちます。しかし、それは決して一人で闘い続けるものではありません。治療のゴールは、私たち歯科医師や歯科衛生士が、患者様にとっての「生涯にわたる健康パートナー」となることです。治療が一段落した後も、定期的なメンテナンスのために通院していただくことで、お口の状態を専門家の目で継続的にチェックし、再発の兆候を早期に発見・対処することが可能になります。ご自身のセルフケアと、私たちのプロフェッショナルケアという両輪があって初めて、長期的な健康は維持できます。何か困ったことがあればいつでも相談できる、という安心感の中で、私たちと二人三脚で大切なお口の健康、そして全身の健康を守っていきましょう。
放置した場合に起こりうる現実
歯の喪失による生活の支障
歯周病を放置した場合に起こりうる最も深刻な結末は、歯を支える骨(歯槽骨)が溶けきってしまい、最終的に歯が抜け落ちてしまうことです。歯を失うことは、単に見た目の問題だけではありません。まず、食事に大きな支障をきたします。硬いものや繊維質の野菜、肉などが噛み切れなくなり、柔らかい炭水化物中心の食事に偏りがちになります。これにより、食事の楽しみが失われるだけでなく、栄養バランスの偏りにも繋がります。また、特に前歯を失うと、サ行やタ行などの発音が不明瞭になり、円滑なコミュニケーションの妨げとなることもあります。さらに、歯が抜けた部分の骨は徐々に痩せていくため、お口周りの見た目が変化し、年齢以上に老けた印象を与えてしまうことも少なくありません。このように、歯の喪失は日常生活の質(QOL)を著しく低下させるのです。
栄養摂取と全身の健康への影響
歯を失い、しっかりと噛む機能(咀嚼機能)が低下することは、全身の健康状態に深刻な影響を及ぼします。前述の通り、噛めないことから食事内容が偏ると、健康維持に不可欠なビタミンやミネラル、食物繊維などが不足しがちになります。こうした栄養バランスの乱れは、身体の免疫力を低下させ、様々な病気にかかりやすい状態を招きます。また、十分に咀嚼されないまま食べ物を飲み込むと、胃腸への負担が増加し、消化不良の原因となることもあります。さらに、重度歯周病がもたらす口内の慢性的な炎症と、栄養状態の悪化という二重の要因は、糖尿病や動脈硬化といった全身疾患のリスクをさらに高めるという悪循環を生み出します。歯周病の放置は、お口の中から全身の健康を蝕んでいく、非常に危険な状態であると言えます。
精神的な負担や社会生活への影響
お口の健康問題は、私たちの精神面や社会生活にも大きな影を落とします。歯がぐらついたり、抜け落ちてしまったり、強い口臭があったりすると、人前で話すことや笑うことに自信が持てなくなります。食事の際に口元を隠すようになったり、友人との会食や旅行といった楽しいイベントを避けるようになったりと、無意識のうちに人との交流を遠ざけてしまう方も少なくありません。このような状態が続くと、孤立感や疎外感を深め、QOLの低下はもちろん、精神的なストレスが積み重なってしまうこともあります。お口の悩みは、他人に相談しにくいデリケートな問題でもあります。しかし、その悩みを一人で抱え込み、社会生活から距離を置いてしまう前に、専門家である私たちに相談してほしいのです。適切な治療は、お口の機能だけでなく、あなたの自信と豊かな社会生活を取り戻すための第一歩です。
予防と再発防止のためのアプローチ
定期健診が果たす大きな役割
歯周病、特に重度歯周病の治療を終えた後、最も重要なのは「再発させない」ことです。歯周病は、一度安定した状態になっても、日々のケアを怠れば容易に再発するリスクを持つ慢性疾患です。そこで大きな役割を果たすのが、歯科医院での定期健診です。自覚症状がなくても、歯ぐきの内側では静かに変化が起きていることがあります。定期健診では、歯周ポケットの深さや出血の有無などを精密にチェックすることで、ご自身では気づくことのできない再発の初期サインを早期に発見できます。問題が小さいうちに対処できれば、治療も比較的簡単で、身体的・経済的な負担も少なく済みます。定期健診は、治療によって取り戻した健康な状態を長く維持し、将来的な歯の喪失リスクを回避するための、いわば「お口の健康診断」なのです。
プロによるメンテナンスの重要性
毎日の歯磨きをどんなに丁寧に行っていても、歯ブラシの届きにくい場所や、歯周ポケットの奥深くには、どうしても汚れが残ってしまいます。この磨き残された歯垢(プラーク)が、歯周病再発の温床となります。そこで不可欠となるのが、歯科医師や歯科衛生士といった専門家による定期的なメンテナンス(PMTC: Professional Mechanical Tooth Cleaning)です。プロのメンテナンスでは、専用の器具や機械を用いて、ご自身のセルフケアでは除去不可能な歯石や、細菌の集合体である「バイオフィルム」を徹底的に破壊・除去します。これにより、お口の中の細菌数をリセットし、歯周病が再発しにくいクリーンな環境を取り戻すことができます。このプロによる定期的な介入が、セルフケアの効果を最大限に高め、長期的な健康維持を可能にするのです。
自分に合ったセルフケアの継続
歯周病の再発防止は、歯科医院でのメンテナンスと、ご自宅でのセルフケアの両輪で成り立っています。歯科医院でのプロフェッショナルケアは数か月に一度ですが、残りの日々をどう過ごすかは患者様ご自身にかかっています。大切なのは、歯科医師や歯科衛生士から指導された、ご自身のお口の状態に合ったセルフケアを毎日継続することです。歯並びや歯ぐきの状態、被せ物の有無などによって、最適な歯ブラシの形状や、使うべき歯間ブラシのサイズ、デンタルフロスの使い方は一人ひとり異なります。専門家のアドバイスに基づいた正しい方法でケアを続けることが、歯周病の最大の原因である歯垢をコントロールし、再発リスクを最小限に抑える鍵となります。この地道な継続が、お口の健康ひいては全身疾患のリスク管理にも繋がる、最も基本的で重要な習慣です。
まとめ|最初の一歩を踏み出すために
歯周病治療を通じて得られる安心
この記事を通じて、重度歯周病がもたらす様々なリスクと、それでもなお残されている治療の可能性についてお伝えしてきました。現在、お口の状態に不安を抱えている方も、専門的な治療を受けることで得られるものは、失った骨や歯ぐきの回復だけではありません。最も大きな収穫は「安心」です。ご自身の状態を正確に把握し、専門家と共に治療計画を立て、日々の症状が改善していく過程は、漠然とした不安や将来への恐怖からあなたを解放してくれます。もう歯ぐきの出血に一喜一憂したり、食事のたびに歯のぐらつきを心配したりする必要はありません。治療を通じてお口の健康を取り戻すことは、穏やかで健やかな心を取り戻すことにも繋がるのです。
「放置しない」という選択の意味
「症状があるけれど、放置する」という選択は、一見すると現状維持のように思えるかもしれません。しかし、歯周病においては、それは緩やかな後退を意味します。一方で、「放置しない」と決意し、歯科医院の扉を叩くという選択は、ご自身の未来に対する極めてポジティブで重要な意思表示です。それは、ご自身の歯を一本でも多く守り、生涯にわたって食事や会話を楽しむ未来を選ぶ、ということです。そして、お口の中の慢性的な炎症を断ち切ることで、糖尿病や心疾患といった全身疾患のリスクを自ら低減させ、より長く健康な人生を目指すという選択でもあります。その小さな一歩が、5年後、10年後のお口と身体の健康、そして生活の質(QOL)を大きく左右する分岐点となるのです。
まずは専門医への相談から始めよう
ここまで読み進めていただいた今、おそらくあなたの心の中には、不安と共に「なんとかしなくては」という前向きな気持ちも芽生えているのではないでしょうか。その気持ちこそが、最も大切な治療への第一歩です。重度歯周病の治療は、まずご自身の状態を正しく知ることから始まります。インターネットの情報だけで一喜一憂したり、自己判断で諦めてしまったりする必要は全くありません。私たち専門家は、日々様々な症状の患者様と向き合っています。どんな状態であっても、あなたの不安に寄り添い、最善の道を一緒に探す準備ができています。この記事が、あなたの背中をそっと押し、専門家への相談という次の一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。
監修:関口デンタルオフィス
電話番号:048-652-1182
*監修者
関口デンタルオフィス
*経歴
・2008年 日本大学歯学部卒業
日本大学歯学部臨床研修部入局
・2009年 日本大学歯学部補綴学第一講座入局
専修医
顎関節症科兼任
・2014年 同医局退局
関口デンタルオフィス開院
*所属学会
*スタディークラブ
・CIDアクティブメンバー(Center of Implant Dentistry)